東久留米餃子

ぎょうざや へいはち
東京都東久留米市幸町3-13-1
営業時間:10:00~23:00
定休日:不定休

ぎょうざやへいはちブログ

Good Luck & Good bye
2021.05.07

懐かしいあの人に人ごみの中で会った。微笑む顔が少しはにかむの昔のままだわ

傷ついた恋なのにもう跡形もないのよ。偶然会えたら泣き出しちゃうと思っていたのに

ショーウインドーを横目見れば待ち合わせした頃を思うけど

今はもう別々の恋人が待つ場所へと降り出した雨に追い立てられて急いでいくのよ・・・・・

https://youtu.be/qnqzeyoiCX8

もう一度
2021.05.04

もう一度・・・・・人生にはもう一度はないかな・・・・・

https://www.youtube.com/watch?v=bM823OzZSKk

新しい幕が上がる・・・
2021.03.30

赤城山の麓に・・・

頑張ろう!

    

悲しいkiss
2021.03.21

この歌聴くと、人それぞれに思い出があるんでしょうね・・・・・

https://www.youtube.com/watch?v=hw1hZ38wRHM

愛はスローにちょっとずつ・・・
2021.03.09

夢に訪れる・・・もういいだろう。。。

https://www.youtube.com/watch?v=svk_stIa8sc

 

不思議な出来事
2021.02.24

こんにちは、店主の市川です。

久しぶりの投稿です、『むかしむかしの放浪記』も更新しなくてはと思いながら久しく間が空いてしまい申し訳ありません。(て言っても読んでくれている人がいるのか?なんてことも思いますが・・・笑)もうしばらくお待ちください。

 

さて、今日は先日不思議なことがありまして、これは書かないとと思い・・・・・

始まりはもう半年以上前のことになります。

ちょっと仕事で埼玉県のある街へ。

そこは大きな川が流れていて自分の店から車で1・2時間ぐらいの距離なんだけど、街を少し出ると周りは畑や田んぼが広がり長閑な風景なんです。

半年ぐらい前のある日、私は仕事先で用を済ませ車で家路に着いていました。

夜も結構な時間になっていたのですが真っすぐ帰るのがなんか嫌で少し回り道をして帰ろうと思い、いつもは通らない道を走っていると右側にポツンとピンク色をした建物が、一旦は通り過ぎたのですが何か気になったのでもう一度引き返してみた。今考えると『引き込まれた』という方がしっくりくのるかな・・・

そこは今は誰も住んでいる様子はなく、以前は中華料理のお店だったようでそれらしい店の看板が朽ち果てて立っていた。

2階建てのその建物は外観がピンク色、こじんまりとしていて可愛らしい雰囲気を醸し出していた。

入口のドアの所に『売り物件』という張り紙があり、窓越しに中を見ると以前は営業していたことを思わせる椅子やテーブルが乱雑に置かれていた。

店の前は車が2・3台止められるようになっている。

「こんな所に店か~」「商売になるのかな?」

周りは直ぐそばに川が流れ反対側はこんもりとした山だ、イノシシが出てきてもおかしくない所だな~と思った。

ここにはどんな人がオーナーだったのだろう?その人には家族がいたんだろうな~?なぜ店を閉めたのだろうか?

私はそんなことを次々と思い浮かべながら20分ほどそこに佇んでいた。

それが半年ほど前の出来事。

それから何回かその街に出かけましたが、その店のことは気に掛からず、その道を通ることもなかった。

ある時、いつものように仕事を終わらせ帰ろうとしたが、あの店のことが思い浮かび「行ってみるか」と。

「確かこの道だったよなぁ~」と車を走らせてみたが・・・・・そばに川が流れていて、向かいは山。

しかし、ない。あの可愛らしいピンクの店がない。

「もう買い手がついて壊しちゃったのか?」でも、それらしい痕跡の場所もなければ新しく建った家も見当たらない。その日何回もその道を往復したが全く見当たらなかった。

それから何回かその道を通ってみたが、あの日見た「可愛らしいピンクのお店」は跡形もなく消えてしまった。

あれは夢だったのか?幻だったのだろうか?いったい何だったのだろうか?

世の中には不思議なことってあるようです。。。

 

むかしむかしの放浪記⑫
2020.04.29

今日はGWに突入!本来ならばウキウキする所ですが、今年はステイホーム週間です。

天気もいいんですが、こんな日は旅の続きを書こうかと思います。

さて僕らは昨日の疲れを残したまま次の街、成都に向けてホテルを出発し駅に向かった。

前回お話ししたように僕らはスリにあい財布と一緒に1等寝台の切符もすられてしまった。

前日、駅員に切符をもう一度買わされた。もしすられた切符で他の人が乗って来た時はその時また

話し合うと言われていた。「ブッキングしたら俺たちは降ろされるのか?」という一抹の不安を抱きながら

駅に到着。相変わらず駅は人、人、人でごった返していた。

でも、ここで僕らは今までにない時間を過ごすこととなった。

1等の乗客は入口から他の乗客とは違い、ホント豪華!よくニュースで日本の政治家が訪問する時に映るような部屋へ通され椅子もテーブルも重厚なものが用意されていた。全く僕ら3人には場違いの場所で係りの人も「お前らのような若造が来る所ではない」と言いたげに、こちらを見ていた。

でも、僕らは1等の切符を2倍のしかも外国人価格で買っているんだ!と心の中で叫び、この空間を満喫した。

暫くして列車が入線、改札が始まった。改札も1等は特別で待合室からホームへ入りその目の前が1等車だった。

入口には制服姿の綺麗な女性の車掌さんが立ちそれぞれの席まで案内してくれた。

僕らが案内された1等寝台は4人の個室になっていた。上下2段、4つのベットがあり、今まで僕らの乗っていた2等とは全然違いフカフカで幅も広く寝心地はバツグン!これからの成都までの時間が楽しみだった・・・ここまでは・・・

4人の定員の所に僕ら3人、心配していたすられた切符も使われないようだった。

そして列車は定刻を少し過ぎてゆっくりと動き出した。その時、個室のドアがパッと開いた。

見るとそこには大柄な軍服を着た恰幅のいい中年の男性が立っていた。

男性は僕らを見るなりウッ!と少し驚いたような顔をして立ち止まり、一息おいて入ってきた。

そして自分の席(ベット)に腰を下ろしゆっくりと僕ら3人を見回した。ホントゆっくりと、1人づつ。

部屋の中は物音一つせず、一瞬静寂に包まれた。僕らは固まった・・・だから1等なんかに乗らなければよかった。後悔してももう遅い、ここから僕らは緊張の1日を向かえることとなる。

男性は手荷物をベットの下に置き、上着を掛けドカッと座った。僕らは金縛りにあったように彼の仕草をじっと見つめていた。

男性はもう一度僕らを見回してから言葉を発した。

彼:「君たちは幾つだ?」

僕ら:「22です」「学生です」と答えた・

彼:「何処から来た?」

僕ら:「日本から来ました。」

そして香港から中国に入り、広州ー北京ー西安と旅して来たことを話した。

男性は僕らが日本人だと分かると一瞬沈黙した。この間は北京でのタクシーの時と同じだ!いや、それ以上の緊張感だった。

そして男性は自分の身分を明かし自己紹介が始まった。

もう名前は憶えていないが、彼は中国共産党人民解放軍の大佐だと言っていた。どおりで軍服には沢山の勲章らしきモノが付けてあり、帽子も凄く立派でカバンは大きな皮の長方形のモノだった。

正にお偉い軍人さんだ。

僕らのような若造がなんでこんな所にいるんだ!と驚き、まして日本人と知り複雑な心境だったのだろう。

自己紹介が終わると彼は僕らに下のベットに座りなさいと言った。

彼と対面する形で僕らは座った。すると彼は徐に話し始めた。

彼:「君らは歴史の勉強をして来ましたか?」

彼:「昔、君らのお父さん、お爺さん世代の日本人は私たちと戦争をしたのを知っているか?」

僕ら:「はい、知っています」「お互いに大きな犠牲を払ったことを習いました」

彼:「お互い?」とちょっと顔を曇らせ、「南京の街で起きたことは知っているか?」

嫌な流れになって来たぞ~南京大虐殺のことを言っているようだ。

僕ら:「詳しいことは分かりません」ここは知ってるなんて言ったら大変だと思った。

彼:「君たち日本人は我々の同胞を大勢殺した、多くの街で。」「私たちの国を侵略した。」「そして勝手に国まで作った。」

彼:「君たちはそういう歴史を勉強したか?」

僕ら:「はい、勉強しました。」あまり多くを語らず「申し訳ありませんでした」と謝った。

彼は過去の不幸な歴史を日本人は反省し、君らのような若い人は未来に向けて新しい両国の付き合いをしていってほしいと言った。

そして我が国に来てくれて嬉しいと、旅を通していろいろなことを学んで帰って欲しいと言っていた。

日本人の中で人民解放軍の大佐とさしで膝を突き合わせて説教を受けたヤツもそうそういないだろう。

ある意味、貴重な経験をさせてもらった。そして中国と日本は今でも近くて遠い国なんだということを実感させられた。

四川成都までの列車は丸一日かかるが、他のことはほとんど憶えていない。余りにもこの人との出会いが大きくて。ただ一つ記憶に残るのは、この大佐のイビキがうるさくてほとんど眠れなかったこと。

本当に1等寝台なんか乗るんじゃなかった(笑)

今回はこの辺で。次回は成都へ。

 

 

むかしむかしの放浪記⑪
2020.04.26

西安は言わずと知れたシルクロードの出発点。

ここから遥か彼方のヨーロッパまで続いていると思うとなんかワクワクしたのを憶えている。

しかし残念なことに西安からウルムチへは日程の都合上行けないと断念した。

西安と言えばやはり兵馬俑だろう。僕たちは秦始皇帝兵馬俑へ向かった。

そのスケールは壮大で先ず大きさに驚いた!およそ2000体の兵隊・馬・戦車の俑が整然と並んでいた。

兵隊俑の高さは180㎝、驚くことに一体として同じ顔をしていないそうだ。これが2000年もの間土に埋もれていたらしい。

それにしても始皇帝という人の当時の権力の大きさを改めて思い知らされた。

しばし僕らは声を失い目の前の光景に圧倒されていた。

「やはり中国ってスゲー!改めてここは大陸なんだ」と訳の分からない思いを抱きながら兵馬俑を後にした。

僕らは西安に3日ほど滞在した、ホテルは熱いシャワーが出るし申し分ない想いをしたが。

最終日と前日にとんでもない2つの事件に巻き込まれる。

僕らは次に四川省の成都へ向かうことを決め、駅に明日の列車の切符を買いに行った。

広州―北京、北京―西安と2等寝台での移動だったが、節約しての旅行で少しお金に余裕が出来たので1等の寝台に乗ろう!ということになった。初日の列車内の冒険で係員に睨まれて入ることすら出来なかったあの1等に!

少し迷った。俺たちには分不相応じゃないか?とも思ったが思い切って3枚購入。仲間の1人が代表で3枚のチケットを財布に入れ駅を後にした。後にこの決断が後悔することとなるとは・・・

僕らはホテルまで歩いて戻ろうとしていた時、3人の若い女性に声をかけられた。

3週間近く男だけで旅行して来た僕らは不意に女性から声をかけられてちょっとドキドキし舞い上がってしまった。「あなた達はシャンガンレン?」香港人?「いや、リーベンレンです」日本人です。

そんな会話から始まり飲みに行こうということになった。女性たちに連れられて行った店はディスコのようで飲んで踊れる店だった。

しばしの時間を過ごし、女性たちはこれから友達と合流して他の店へ行くということなので僕らはここで帰ることにした。

帰り道、まだ飲み足りないということで僕らはビールを買いに店へ入った。この頃の中国の店は商品がガラスケースと棚に並んでおりケースの向こう側に店員がいて客と対面で接客する。

仲間の1人がビールを買おうと店員に「ビール6本」と注文している時だった。2人の男が仲間の両脇へ近づいて来たと思ったら凄い勢いで店を出て行った。

僕ともう一人の友達は何があったのかよく分からず、「今の何だ?」ぐらいに思っていたらビールを買っていた仲間が代金を払おうとして、もぞもぞしていたので「どうした?」と声をかけると「財布がないんだ」「ポケットに入れたと思うんだけど・・・」

そして僕らはピンときた!さっきの男2人だ!すられた!・・・もっと早くピンと来い!時すでに遅し。

友達は財布を見事にすられた!そして僕らが奮発して買った明日の成都行き1等寝台の切符3枚も一緒に!

現金はそんなに入っていなかったが切符が・・・・・

後になって思うとあの3人の女性もスリの一味だったのかな?と。僕らが金を持っているかどうか探ったのかもしれない。そんなことを考えても財布は戻ってこない。僕らは公安(警察)へすられたことを届け出た。

店を出ると冷たい雨が降っていた。公安へ着きすられたことを告げると少し待たされた。暗く寒い廊下のベンチに座り小一時間ほど待たされたかな、3人とも何も話さず寒さもあり、かなり落ち込んだ。やっと呼ばれ、応対してくれたのは制服姿の強面のオジサンで「多分財布は戻らない」「届けは受け付ける」と。僕らは明日、成都に向かうがその切符もすられたというと、我々には分からないから駅に行けといわれ。寒い雨の中をまた駅へ。

駅までどのくらい歩いただろう、重い足取りで駅に着き、駅員に事の真相を話すと、「切符が無ければ列車には乗れない」「もう一度切符を買い直せ」と言われた。

それでは2等寝台の切符を買いたいと言うと、「それはダメだ」「もう一度同じ切符を買え」と言う。

仕方なく僕らはもう一度1等寝台の切符3枚を買った。全く高い高い買い物になってしまったが、これも経験だと自分たちに言い聞かせホテルへ帰った。

一つよかったのは帰って冷え切った身体を熱いシャワーで温め洗い流せたこと。北京のホテルだったらもっと最悪だった。

僕らは誰も無口で疲れ果てベットへ崩れ込んだ。

今回はここまで。明日は成都へ向けて気分一新向かおう!

しかし、ここでこの旅一番の事件?事件というか自分の人生の中で衝撃的な人との出会いが待っていた。

それは次回のお楽しみ。

 

むかしむかしの放浪記⑩
2020.04.21

調子よく今日は昨日に続き投稿します。

僕らはここ北京で二手に分かれることになった。一人はどうしても上海へ行くというので我らは3人になりいざ西安へ。北京~西安は距離にして1200キロちょっと。広州~北京が2500キロほどだったからちょうど半分ってとこですか。

僕らはまた2等寝台へ滑り込んだ。相変わらず車内はいっぱいだ!駅も人人人だった。

当時の中国は列車の料金は一般の中国人より外国人の方が高い。前にも言ったがお金も人民元ではなく外国人は兌換券という専用のお札がある。同じ1元でも兌換券の方が価値がある、なので中国の人は外国人だと分かると「チェンジマネー」と言って交換を求めてくるのだ。先の列車内では「大行列事件」が起こってしまったので僕らはお金のない貧乏旅行者だということを全面に押し出して全てお断りしていた。といってももう中国に入国して2週間近く経っていたので身なりも結構同化していたかもしれない(笑)

列車は丸一日ほどで西安に着いた。ここで僕たちは事件に巻き込まれるがそれは後ほど。。。

駅に降り立つと雨だった、それも土砂降り。僕らはホテルへ向かう前に寄りたい所があった。

ガイドブックで有名な点心の店が駅前にある、腹もすいていたのでその店に向かった。

駅前というのにグチャグチャの泥道を横切りその店へ、雨というのに人でいっぱいだった。

暫くならんで入店、ここは包子のお店でいわゆる餃子、蒸し餃子オンリー。竹の蒸篭がオープンキッチンで山高く積まれていた。注文は蒸篭何枚?ひたすら餃子をいただく。この蒸し餃子がなんか旨い!気づくと僕らのテーブルには蒸篭が30枚ほど積まれていた。

日本では餃子とご飯を一緒に食べるが、中国では餃子だけ食べる。水餃子や蒸し餃子を食べるので皮も厚めで小さくても食べ応えがあり腹に溜まるようである。

お腹がいっぱいになった僕らはホテルへ向かった。

西安という街は周りを城壁で囲まれていて、僕らのホテルは城壁の外側にあった。

僕らは先ずシャワーの確認へ、やった!お湯が出る。

温かいシャワーを浴びその夜は崩れるように眠った。

今回はここまで、次回はあの有名な観光地へ。何処だ?何処だろう・・・

むかしむかしの放浪記⑨
2020.04.20

お久しぶりです。

ホントに久しく間があいてしまいました。

前回の投稿が昨年のクリスマス、あれから4か月、世界の情勢はガラリと変わり只今コロナ騒動の真っただ中です。

みなさまはどうお過ごしでしょうか?街では緊急事態宣言が出され自粛が続いています。コロナに勝ってこの先もみなさまが幸せに過ごせますように祈ります。

さて、前回は北京滞在の話でしたが今回もまだ北京のお話。

僕たちは学生の貧乏旅行者、泊まる宿はホントに安い安宿です。流石にお湯の出ないシャワーに悩ませられましたが、なんとか気合で身体を洗い過ごしました。

今日は何処に行こうか?万里の長城、盧溝橋と巡り、やはりここは故宮・天安門広場へ行かなくちゃ!とベタな所へ。先ずは天安門広場、「なんだ?この広さは?」「いったい何の為にこんな広い空間が必要なんだ?」と日本人には理解しがたいものがありました。モスクワには「赤の広場」そして北京にはこの「天安門広場」社会主義国にはこういった広い空間がつきもので、ある意味威厳の象徴なのだろうか?遠く故宮の入り口には【毛沢東の肖像画】これもありがちな光景だと思った。

僕らが行ったのはあの【天安門事件】の前だった、後にニュースで見た時、あそこで起こったのかと、あの広場に戦車が突入して来たのかと・・・・・マジで怖い。

当時広場の隣にケンタッキーがあった、「この雰囲気にケンタッキーかぁ~」とちょっと違和感を持ったのを憶えている。

そして故宮へ。言わずと知れた「清王朝の宮殿」である。その姿はテレビなどで見ていたのだが、実際の故宮は奥が広い。いくつもの建物が奥へ奥へと延びており、また建物の様式も同じなので迷子になりそうだ。

ここに歴代の皇帝が住み、日本でも有名なあの西太后がいたのかと悠久の歴史に浸りながら見学してきた。

ここで余談だが、場所はよく分からないが僕らは昼食を取ろうと街のレストランへ。そこでいろいろと注文した中で干焼蝦仁(エビチリ)を頼んだ。それが思いの他旨く、「このエビチリうめぇな!」と。

次の日もあのエビチリを食おうと店へ。そしてエビチリを注文。

料理が出てきて「う?」一口食べて「え?」昨日のエビチリとは明らかに違う。

旨くない、いや、マズい!なんで?訳がわからない。

あとで中国の友人に聞いたところ「作る人が違ったんだよ」「街のレストラン、特に有名店じゃなきゃよくあること」だって。でもレシピってないの?料理人も入れ替わりが激しく老舗や有名店だと長く務めるけど安いレストランは日によって変わるらしい。もうガッカリしホテルへ帰った。

一通り北京の街を観光したし、次は何処へ行こうかという時に僕らは意見が分かれた。一人は上海へ行きたい。そして僕ら残りの者は西安へ。僕はシルクロードの出発点といわれる西安という街にこの旅行前から興味があり、どうしても行きたかった。そしてシルクロードを旅してみたいと・・・

どうしても折り合いがつかす僕らはここから二手に分かれることになった。

さぁ、いざ西安へ。そしてこの西安で僕らはとんでもないことに巻き込まれる。

それはまた次回。

 

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